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会員寄稿

昭和13年機械科卒業アルバムに見る秋工の一時代


先日(1/24)行なわれた役員会の折、会報「金砂」の今号(23号)制作の参考資料にと、一冊の卒業アルバムが三平会長から手渡された。

この卒業アルバムは、昭和13年3月に秋工の機械科を卒業された 佐藤貞悦氏(故人) が所有されていたもので、佐藤氏の御子息(秋高S43年卒)が遺品整理をした際に見つけ、何かの参考になればと三平会長に渡された、とのこと。

昨年の会報「金砂」22号の秋工創立110周年特集記事の参考に、数人の方々の卒業アルバムを拝見する機会があったが、その際拝見したのは一番古いものでも昭和30年代前半。自分が卒業した昭和48年より少し昔……を感じることはあっても、極端な違いを感じる、ということはなかった。

しかしながら今回拝見した卒業アルバムからは明らかに違うものを感じさせられた。

例えば表紙。私のものも含め戦後の卒業アルバムの表紙は校章と卒業時の西暦年の表示が基本。昭和13年のものは校章は同じでも、年数ところには2598の数字。当初は???だったが、これは皇紀 (皇暦ともいう/神武天皇即位を紀元とする紀年法)の年数を著しているのだということが分かった。(ちなみに今年は皇紀2675年)

中を開くと、冒頭に君が代、続いて天皇・皇后両陛下の和歌……。そういうもの以上に強く印象に残るのが、学帽、学生服の上に、歩兵の装備を着け、歩兵銃を持ち……という姿で撮られているクラス全員写真、兵隊姿の教員、軍事教練の様子、秋工の中にあった銃器庫、といった当時の時代背景が色濃く反映されている個々の写真。

過去、戦争の時代を過ごした先輩たちの話に接する機会がけっこう多く、頭では分かっていたつもりだが、このアルバムを拝見し、秋工にもそういう一時代が確かにあった、ということを改めて実感させられた。

昨年秋工は創立110周年。今年は東京秋工会が75周年となる。75年前は昭和15年。この卒業アルバムから2年後で太平洋戦争開戦の1年前。想像でしか言えないが、東京秋工会設立当事の母校の様子はこんな感じだったのかもしれない。

おそらく秋田の同窓会館に行けばこうした貴重な資料を見ることはできるのだろうが、そうした機会を作ることは、首都圏にあってはなかなか難しい。

ということで、ぜひ東京秋工会の皆さんにもこのアルバムをご覧いただきたく、ホームページにこのアルバム全頁をアップしていただくことにした。

卒業アルバムは、秋工のその時代時代を感じられる貴重な資料であることを今回改めて実感。これからの時代の後輩諸君に秋工の長い歴史を感じてもらう意味で、さまざまな年代の卒業アルバムをホームページで公開するのも必要なのかもしれないと感じている。

舩木 一美 (S48M)

* 77年前の住所など個人的な情報も含まれていますが、資料としてそのまま掲載します。差支えある場合は本会宛てメールにてお知らせください。


表紙とケース

中表紙

君が代

両陛下和歌と三吉神社

正門写真と別れの歌

校旗と校歌

校長の写真と書

当時の学校内

普通教科教員

機械科教員

事務職員

校舎全景と金砂行進曲

全員写真

勉強中の様子

軍事教練

軍事教練

千秋公園の花見の様子

工場全景と工場の歌

木型工場での実習

鋳物工場での実習

鍛工場での実習

動力室での実習

仕上工場での実習

修学旅行の様子

寄宿舎の様子

グループ別記念写真

體操(体操)部全国優勝他

剣道部

柔道部

ラグビー部

体操部

庭球部+(陸上)競技部

排球部+籠球部他

体操祭

当時の世況

当時の世況

当時の秋田風景

齋藤靖雄先生筆_中扉絵

個々の顔写真01

個々の顔写真02

個々の顔写真03

個々の顔写真04

寄書き/上:諸先生より・下:卒業生一同

編集後記

職員住所

卒業生進路他

以下はアルバムに挟んであったものです。

スキー実習の様子

修学旅行の写真(01)

修学旅行の写真(02)

修学旅行の写真(03)






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