ヤマをかける

東京秋工会 顧問

笹渕 茂
昭和21年冶金科卒

 ここでいう「ヤマをかける」は、山野を駆け巡ることではない。  手元にある国語辞典では、このことばを次のように解説している。
 山を掛ける : 確実な見込みがないのに、万一の幸運をあてにして事を行う。特に(試験などで)出題を予想してそこだけ準備する場合などにいう。  「“ヤマ”をかける」とは、以上の意味にとらえてもらえればいい。

 秋田工業に在校のころ、とくに期末テストの数日前になると、あれやこれやと暗記に精を出す。  ときには試験に出る問題の要旨を担当教諭にそれとなく尋ねたりもする。古今の東西を問わず、よくある話だ。  なかでもS先生は際立っていた。 「今度の試験問題を教えることにする。ほかの先生に言ってはダメだぞ」  「言わない、いわない。絶対に言いません」「それでは話そう。○○教科のXページからZページまで。その中から試験問題が出るので、よく勉強してくるように」  なんのことはない。その“期”に習った教科の全項目に渡っているではないか。こうなると勢いヤマをかけざるを得ない。つまり、問題の主題を見当つけるのだ。

 ヤマの暗記には、色いろな手法がある。級友間で広く用いられたのは、ゴロ合わせ、こじつけのことばの羅列。思い思いに“迷案”を作ってくる。それを各自が暗記するのである。  「金(かなょバスと釜(かま)具ある、混ぜて粉にすな。水素か水銀白金」  金属にはイオン化傾向という、化学反応を起こしやすい序列がある。金バス…は、それを暗記するためのこじつけ覚えといったところ。  K、Na、Ba、Sr、Ca、Mg、Al、Mn、Zn、Fe、Co、Ni、 Sn、Pb、(H)、Cu、Hg、Ag、Pt、Au  これで20種類の金属のイオン化傾向(強弱の順位)を知ることができる。  この稿を書き終えた直後に、念のためインターネットでも当たってみた。似たようなゴロ合わせが出ていた。  わたしの場合、終わりのほうが“水素か水銀白金”と丸暗記での覚えとなっている。が、ここのところをうまく歌い込んだのが見つかった。その部分を紹介しよう。  「水道水は銀箔の金」  そういえば、思い出した。上述のイオン化傾向の暗記法のゴロを創作するに当たって当時、わたしも“水道水”までは出掛かったのだった。  せっかく作ったのに、試験問題には出なかった。

 近年の硬度の“代表”格は、今や水のそれだろう。水の中に溶けているカルシウムイオンとマグネシウムイオンの重量のことだ。 炭酸カルシウム(CaCO3)が1リットルの水に何r含まれているかで硬度が決まるのである。  例えば、硬度0〜60r/L未満は軟水で、硬度120〜180r/L未満が硬水というふうな定めである。  最近は、ゴムの硬度計や福祉医療、エステ美容など『筋硬度(軟部組織硬度)測定』なるものも提示されてきた。  ここでは、“鉱石”や金属などの硬度の判定に使う硬度で、その暗記法について触れてみたい。  ここでいう「硬さ」とは「あるもので引っかいたときの傷のつきにくさ」をいう。「たたいて壊れるかどうか」の堅牢さのことではない。ダイヤモンドは砕けないというのは誤りであり、ハンマーでたたくなどによって容易に砕けることもある。

 理屈はこれぐらいにしておこう。  以下、『モース氏の硬度』の暗記法について述べてみよう。  モース硬度のモースは、この尺度を考案したドイツの鉱物学者フリードリッヒ・モースに由来する―と、あるところにそう書いてあった。  滑石方蛍燐長石、黄鋼玉に金剛石 これで、@滑石 A石膏 B方解石 C蛍石 D燐灰石 E正長石 F石英 G黄玉 H鋼玉 I金剛石 以上10段階の鉱石、金属等の硬度を暗記することができた。が、これも当時のテストに出なかったのを覚えている。

<番 外>  小田原市在住の弟(昭和32年機械科卒・笹渕技術士事務所)と富士五湖に初めて遊んだときのこと。  芦ノ湖は富士五湖に入らないという。そのころは富士山の周りに湖がいくつあるかなど、考えても見なかった時期であった。  山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖の五湖だという。  そこで考えた。よし、これを覚えてやろう。  “山中、風下”、つまり「山中湖・(か)河口湖・(ざ)西湖・(し)精進湖・(も)本栖湖」。これで富士五湖の呼称を順を追って覚えることができる。

 ついでに、これらの標高は、山中湖で海抜982m。西湖、精進湖、本栖湖はいずれも海抜902m。つまり、この3つの湖は、同じ水脈によってつながっているらしい。河口湖の標高は830mだ。  これら富士五湖の標高を、わたしはまだ暗記していない。そのうち、そのうちと、とうとう40年もたってしまった。この間、富士山周辺に、百回以上は行っているはずだ。 そうこうして、富士山が大好きになった。富士山についての写真や音楽もだいぶ集まった。そのほとんどがインターネットからの取り込みである。  とくに富士の写真では、その画像にご厄介なった。富士山まで、折りに触れ毎回出かけていても、思い通りの富士が見られるとは限らない。山に雲がかかっていたり、光線の当たりがよくないというような場面に出合う。  その点、インターネット像には優れた、すばらしい写真が数限りなくある。それを利用するのが手っ取り早い。  こうして今では、自称“富士男”になってしまった。