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「健康、心、薬」 佐藤 哲男氏 (千葉大学名誉教授、薬学博士)


第11話 飲み薬に代わる貼り薬

これまでは、貼り薬というと切り傷、関節の痛み、肩こり、などのときに直接患部に貼るのが目的でした。もっともよく知られているものは、関節の痛みなどのときに貼る湿った布に薬が塗られたものです。これは「貼付剤[ちょうふざい]」と呼ばれています。水分を含んでいるので、熱をもった患部を冷やす効果があります。湿り気をもった布に薬を塗ったもので、関節などの痛みのときに貼るものです。

しかし、これからの新型貼り薬はいままでの目的とかなり違います。それらは関節に直接効くのではなく内服薬の代わりになるものです。その第一号は狭心症や心筋梗塞の特効薬である〈ニトログリセリン〉や〈硝酸イソソルビド〉(例:ミリステープ、フランドルS)です。
これまでは、狭心症の発作が起きて心臓が苦しくなると、ニトログリセリンの錠剤を舌の下にふくませて、そこで溶けた薬が血管に吸収されそれが心臓へ到達するのを待ちました。ところが、最近ではこれらの薬を貼り薬として、薬を塗った布を心臓の位置に直接貼ります。それにより、薬が直接心臓に吸収されて錠剤に比べてより早く効き目がでることになります。

貼り薬のもう一つの大きなメリットは、飲み薬とちがって胃腸や肝臓へ入る前に必要な部位に薬が直接吸収されることです。したがって、高齢者や小児、身体障害者などで、内服薬を飲むことが難しい場合、あるいは、飲んでも胃で速やかに分解されて効果が早く消えるような薬の場合などには、皮膚に貼って胃を通過させずに直接皮下の血管から吸収し全身に循環するので優れた効果を発揮することができます。
また、薬の成分が徐々に皮膚から吸収されるので、一回貼ると二~三日間効果が持続するものもあります。飲み薬はいったん口から入ったらその作用を止めることはできません。しかし、貼り薬の場合は、途中で副作用がでたら剥がすだけで薬の副作用を止めることができます。これは飲み薬にはない貼り薬の特徴です。

内服薬の代わりにこれまで市販されている代表的な貼り薬は、先に述べたニトログリセリンや塩酸イソソルビドなどの狭心症治療薬で、一回貼ると一日から二日は有効です。また、更年期障害の治療に使われる〈エストラジオール剤〉(例:エストラダーム、エストラーナ、フェミエスト)は、一枚を下腹部か臀[でん]部(しり)に貼り、二日ごとに貼り替える方法で使われています。気管支ぜんそくに使われる〈塩酸ツロブテロール〉(例:ホクナリン、ベラチン)は一日一回胸か背中に貼ることで、子どもは内服よりも楽に治療ができます。現在、製薬会社では認知症の薬も飲み薬から貼り薬に変える様な研究が進んでいますので、近い将来それも市場にでることと思います。


第12話 腸の働きが体力をつくる 

腸内には百種類、百兆個の細菌が常在しています。この無数の腸内細菌には、人間に必要な「善玉菌」と、病気の原因になる「悪玉菌」が雑居しています。善玉菌の代表は「ビフィズス菌」で、悪玉菌は下痢を起こす「ウエルシュ菌」です。「大腸菌」も下痢や食中毒の原因になりますので悪玉菌の一つです。

病気で抗生物質を長期間飲むと下痢になることがあります。それは、抗生物質が腸内の善玉菌を殺すことにより、悪玉菌が強くなり、それにより下痢を起すからです。こんな状態になったら抗生物質をやめると、善玉菌が徐々に増えて下痢も止まります。「善玉菌」を増やすためには乳酸飲料(ヨーグルトなど)が有効です。ただし、飲んだビフィズス菌(善玉菌)はそのまま腸内に定着しないので、毎日乳酸飲料を飲むことが必要です。60歳を過ぎると、善玉菌が減少し逆に悪玉菌が増加します。また、ストレスの多い人は悪玉菌が増えます。悪玉菌は腸管の中でタンパク質やアミノ酸を分解して、強い臭気を持つ有害ガスを生成します。高齢者やストレスの多い人がトイレに入った後でひどく臭うのはこのためです。また、便秘が続くと善玉菌が減少して悪玉菌が増えるので、高齢者と同様に悪臭を放します。

一方、腸が持つ免疫の働きは、身体を病原菌やウイルス、毒物などから守ってくれます。善玉菌はこの免疫力を増強する物質を含んでいます。しかし、加齢とともに善玉菌が減少するので、高齢者の免疫能は低下し、「自己免疫病」と呼ばれるぜんそくやリュウマチにかかりやすくなります。

食生活の中で悪玉菌を少なくして善玉菌を増やすには、最近注目されているオリゴ糖が役立ちます。中でも「消化しにくいオリゴ糖」がいつまでも腸内に残るので効果が大きいです。オリゴ糖は糖の一種ですが、これを飲んでも血糖値が上がることはありません。また、カロリーが低いのでダイエットにも役立ちます。その上、オリゴ糖は腸管の免疫機能を高めるとともに、抗生物質を長期服用したときの善玉菌の減少を防ぐ効果もあります。オリゴ糖は特定保健用食品(通称:トクホ)として市販されています。オリゴ糖は善玉菌が不足している人には有効ですが、毎日飲むと下痢気味になったり、おなかが張るので注意が必要です。もしそんな症状になったら一日2−3グラムを何回かに分けて飲む事をお勧めします。

もう一つ腸によい食物として「食物繊維」があります。食物繊維は腸からの脂肪分や塩分の吸収を抑えてくれます。また、発芽玄米は白米の6倍もの食物繊維を含んでいます。食物繊維は余分なコレステロール、糖分、脂肪などを体外へ排出してくれます。しかし、食物繊維は腸管でのカルシウムの吸収を邪魔するので、多く摂り過ぎると血中のカルシウム量を下げることがありますので注意して下さい。


第13話 体内コレステロールの善玉、悪玉ってなんですか

血中コレステロールは、80パーセントが体内で夜間に脂肪から作られ、残りの20パーセントが食物から摂取されます。
脂肪分をとり過ぎると高脂血症(脂質異常症ともいう)になると言われていますが、すべての脂肪が悪玉とは限りません。主な悪玉脂肪(悪玉コレステロール, LDL)は肉類や乳製品に多く含まれる「飽和脂肪酸」です。これはさらさらな血液をドロドロ血に変える原因になります。 一方、青魚などに多く含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)といった「不飽和脂肪酸」は、善玉脂肪酸として、脳の細い血管まで血流をサラサラにする効果があります。

血管の老化は高血圧、心筋梗塞、脳梗塞などの原因になります。肉類は飽和脂肪酸を多く含むので、食べ過ぎると血中の悪玉コレステロールが増加し血栓の原因になることがあります。アメリカ人は1回にビーフステーキを300グラムもたべるので肥満症の原因になりますが、日本人の場合は150グラムくらいですので、むしろ良質のたんぱく質として身体によいのです。適量の肉を食べている人は長生きするといわれています。

たんぱく源として豚肉や牛肉より魚肉が体によいですが、健康を保つためにはある程度の肉も必要です。魚肉よりも獣肉を2倍とるほうがよいとされています。また、魚肉はタンパク源として獣肉類よりは血中コレステロール値を強力に下げる性質があるため、最近では、病院でも魚肉から作られたEPA(商品名:エバテール)が高脂血症予防、血栓予防などの治療に広く使われています.


第14話 脳梗塞は時間との勝負

「脳卒中」とは、脳の血管が詰まる「脳梗塞」と脳の血管が破れて出血する「脳内出血」「くも膜下出血」をひっくるめた呼び名です。昔は「中気」や「中風」ともいわれました。「脳梗塞」は単に加齢だけではなく、高血圧や糖尿病、心臓病、喫煙や飲酒などによる生活習慣病の一つで、がん・心臓病に次いで日本人の死因の第三位です。

脳の血管が血栓で詰まると、それより先の部分には酸素や栄養分が行届かないので脳細胞が死にます。これが「脳梗塞」です。心筋梗塞や脳梗塞には多くの場合前兆があります。「片方の手足がしびれて力が入らない」「激しい頭痛がする」「ろれつが回らない」「ものが二重にみえる」「急に手の力が抜けて、持っているものを落とす」などの症状の場合は、小さな血栓が一時的に脳の血管を詰まらせた状態です。小さい血栓は速い血流で流されたり溶けたりしますので、一日も経つと症状が治まるのでそのまま病院に行かない人も多いです。しかし、その後再発することが多いので、前兆や症状が出たら一刻も早く病院で診断、治療を受ける事をお勧めします。

脳梗塞の治療は時間との勝負です。使う治療薬は症状が出てからの時間により違います。脳梗塞を起こした直後の場合は、「t-PA」(テーピーエー)(一般名:アルテプラーゼ)という薬が多く用いられています。ただしt-PAは、症状が出てから3時間以内に使用しないと効きません。症状が出てから48時間以内に意識が回復した場合には、アルガトロバン(商品名:ノバスタン、スロンノン)、ウロキナーゼ(商品名:ウロキナーゼ, ウロナーゼ)、ワルファリンを投与して、血栓が大きくなるのを防ぎます。その後、症状が安定したら、「塩酸チクロピジン」(商品名:パナルジン)、「シロスタゾール」(商品名:プレタール、エバテールなど)、「アスピリン」(商品名:バイアスピリン、小児用バファリン)などの錠剤を毎日飲みます。ワルファリンや「アスピリン」「小児用バファリン」は予防薬としても多く使われています。

脳梗塞や脳出血の症状が出たら一刻も早く治療することが肝心です。さもないと、症状が悪化して後遺症を残して介護が必要となることが少なくありません。特に、コレステロール値が高い人は脳梗塞や心筋梗塞になり易いので、医師と相談しながら薬による治療を継続することが必要です。


第15話 「廃用症候群」は老化の引き金

「廃用症候群」をご存知ですか。最近は「生活不活発病」ともいいます。

定年を過ぎた頃になると、いつまでも若々しく生きたいのはだれでも願うところです。あなたの知り合いにも「どうして、この人は若く見えるんだろう」という人がいるに違いありません。歳をとること(加齢)と老いる事(老化)とは、必ずしも同じではないのです。

加齢とは単に歳をとることですが、老化とは歳とともに内臓の働きが悪くなり、精神的、肉体的に活動が落ちることです。白髪が増える、髪の毛が薄くなる、顔のシワが増える、などはだれでもおこる老化の一般的な現象です。しかし、高血圧、骨粗鬆症、動脈硬化、脳卒中などはすべての人にみられるわけではありません。これらは老化によるのではなく、たまたま高齢者に多くみられる病気なのです。これらの病気は薬である程度は健康を取り戻すことが出来ますが、加齢(エージング)は逆戻りできません。

 高齢になると誰でも視力、聴力の低下やど忘れを感じて不安になります。さらに老化が進むと食事のときに飲み込むことが困難になり、まれに気管に食べ物が入って肺炎になり命を落とす事も珍しくありません。健康な人では、食道と気管は喉の中で丁度道路の二叉路の様になっており、その分かれ目に弁があります。食物が喉に入ると自動的に弁が気管の入り口をふさいで、食道に流れる様になります。しかし、老化に伴って弁の動きが鈍くなると、食物や水が入っても気管の入口が半開きの状態になるため、気管から肺に入り「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」になります。正常な人の肺は無菌状態ですので、雑菌が付いた食物が肺に入ると、忽ち炎症を起こして肺炎になります。特に脳梗塞や脳出血などの後遺症を持つ高齢者では十分に注意しなければなりません。ちなみに、誤って異物が食道から胃に入った場合は「誤飲性(ごいんせい)」といいます。

もう一つ高齢者が注意する事は「廃用症候群」です。老化に伴って姿勢が崩れて腰が曲がると歩行障害や転倒し易くなります。不幸にも転んで骨折したら何ヶ月もベットの上で体を動かす事ができません。長期間になると、患者にとって床ずれが大変な苦痛です。ようやく骨折が回復してもすぐには足腰が動きません。使わない体の部分は動きにくくなるのです。これを「廃用症候群」といいます。健康人であっても、使わないと筋肉が縮んだり、関節が硬くなって思う様に動かなくなり、その状態はどんどん進行します。手足を動かさないでいると、筋力は、一週目で20パーセント、二週目で40パーセント、三週目で60パーセント低下します。この筋力低下を回復させるためには意外に長い期間がかかり、1日中ベットで安静にすると、それによって生じた体力の低下を回復させるためには1週間かかり、1週間の安静の後では1か月かかるといわれています。

この様な「廃用症候群」は手足だけではありません。脳も同じです。高齢になると記憶力が落ちる上に、生活の中での刺激が少なくなります。それを防ぐには、何でもよいから好奇心や趣味をもつことです。重度のストレスはうつ病の原因になり老化を進めることになります。ストレスがかかると、アドレナリンが多く出るため血管が収縮して血圧が上がります。しかし、ストレスの原因が消えると元の正常な血圧に戻ります。この様なストレスによる高血圧を「ストレス性高血圧」といいます。また、病院で診察の時に医師が血圧を測ると、患者は緊張のためか10−20は平常より高くなります。これは一種のストレス性高血圧です。強いストレスに曝される人ほど病気にかかりやすく、その結果寿命が短くなる事はよく知られています。短気ですぐ怒る人はアドレナリンの出過ぎで、そのために血管が収縮し胃潰瘍や脳卒中の原因になります。ストレスは心筋梗塞や脳梗塞の原因にもなります。水槽の中でネズミを30分も泳がせると、最後には胃の内側が真っ赤になり潰瘍ができます。

 お年寄りの病気は単独で起こることは少なく、動脈硬化、高コレステロール、心臓の肥大、腎臓の働きが悪くなる、などなど複数の病気が同時に現れるのが特徴です。したがって、病院では山ほどの薬を処方されることが少なくありません。高齢者が薬を飲むときには注意が必要です。第一に、高齢になると、腎臓の働きが一般に落ちていますので、本来ならば、腎臓から尿へ排泄される薬がいつまでも体内に留まることがあります。特に、腎臓に病気を持つ人は同じ薬を長期間飲んでいると、その薬が体内に蓄積し、あるとき突然薬の副作用が現れることがあります。また、加齢に伴って、肝臓の解毒能力も低下したり、体内の水分が減少し脂肪分が増えます。食べ物の栄養分や、飲み薬の成分は主に小腸で吸収されます。また、高齢者ではカルシウムの腸からの吸収も落ちますので、それが骨粗鬆症の原因になることもあります。


第16話 [ど忘れ]と認知症は別もの

高齢になるとだれもが物忘れに悩まされます。自分で眼鏡をかけたまま眼鏡をさがすとか、用事があって二階に上がった途端に用事を忘れたとか、冷蔵庫を開けたとたんに何を取り出すのか忘れた、などは誰でも日常経験することです。この程度の物忘れでしたら心配いりません。高齢者が誰でも経験する単なる「ど忘れ」です。「今朝なにを食べましたか」と聞かれて、「さて何だったろうか」と考え込むうちはまだ正常です。単なる老化による「ど忘れ」です。最近の事を聞かれて思いだせないときでも、「そのとき一緒にいた人」とか、「その日は何日だった」とか、何か関係づけるヒントで思い出せば問題ありません。心配なのは、「今朝食事をしましたか」とか、「今朝何時頃起きましたか」などの質問に対して、すぐに答えができないときです。

私どもが毎日記憶する新しい出来事は、脳の中の「海馬(かいば)」という場所に収納されます。この場所では、一か月前、一週間前、昨日、今日などの新しい記憶が送り込まれます。海馬の収容能力には限界があるため、空席がないと新しい情報を記憶する事ができません。そのために適当に物忘れすることが必要です。これまで経験した事をすべて記憶したら生きているのがいやになります。嫌な経験や記憶は脳が自動的に忘れさせてくれるのです。一回きりの記憶はやがて海馬から消え去ります。多くの情報の中で、どうしても記憶したい場合は、何回も繰り返して海馬に送る事によりそこに刷り込まれます。この様にして刷り込まれた記憶は、やがて「側頭葉」という場所に移動してそこに永久保存されます。側頭葉に移された記憶は時間が経っても簡単に消えることはありません。さらに、もっと古い記憶は「側頭葉」から「頭頂葉」に移され、ここで永久保存されます。つまり、馬海に蓄えられる記憶は、「当座預金」のようなもので出入りが頻繁ですが、「側頭葉」や「頭頂葉」に蓄えられた記憶は「定期預金」の様なもので、自分で消さない限り永久保存されます。高齢になると、子供のころのことや、小学校での生活などは鮮明に記憶しています。これは、昔の記憶が永久保存されている証拠です。

認知症はその原因により2種類に分けられます。一つは、脳出血や脳梗塞など脳血管障害による忘れです。もう一つは、高齢者にみられる「アルツハイマー型」です。最近は40代、50代でみられる「若年性認知症」の患者が増えています。血管障害による認知症は、原因となった病気を治療することによりかなり回復しますが、アルツハイマー型認知症はその原因がよくわからないのでもっと深刻です。一般に言われている原因は、脳内に「アミロイドベータ」という特殊なタンパク質が増えて、それにより「老人斑」というシミが脳の中にできるためといわれています。しかし、それ以上の詳しいことはわかっていません。アルツハイマーの患者の特徴は、新しい記憶を司る海馬の細胞が壊れるため、今朝の出来事や、いま直前の記憶を思いだす事ができません。それとは逆に、側頭葉や頭頂葉に蓄えられた昔の記憶は永久保存ですのでよく覚えています。

アルツハイマー型認知症はその進行が速いので、治療せずにそのままにしておくと、一年後には別人と思われるほど病状が進行します。今のところこの病気を完治する薬はありませんが、初期のアルツハイマー型認知症の患者の進行を止める薬として、日本の製薬会社のエーザイが開発した「アリセプト」が世界的に使われています。もし、高齢の方で最近どうも言動が変だと思ったらできるだけ早く治療を受けることをお勧めします。


第17話 医者の言い分、患者の言い分

誰でも病気になったときには、出来るだけ「名医」に診てもらいたいと思います。では、名医とはどんな医者をいうのでしょうか。マスコミでたびたび名前が出る医者か、週刊誌で名医の番付で上位の医者か、いろいろな考え方があると思いますが、私は患者の話をよく聞く医者が名医ではないかと思います。これは一般の社会でも同じです。部長と平社員とか、先輩と後輩のように、明らかに身分の上下関係がある場合は、目上の者が目下の人の言う事を聞かない事が少なくありません。
病院の中でも同じです。患者の言う事を殆んど耳に入れないで、医者が血液検査や尿検査の結果だけを頼りに判断する医者は名医とは言えません。患者の言う事をよく聞いて、その上で検査結果を参考にして判断する医者こそが名医なのです。医者が患者にいろいろ質問する事を「問診」と言います。問診の上手な医者こそが名医です。問診をうまく進めるためには、患者側の正確な情報も必要です。例えば、「いつごろから熱がありますか」の質問に対して、「少し前から」と答えるのではなく、「昨日から」とか「二日前から」とか具体的に数字を出すことが大切です。

医師の何気ない一言が患者に大きなショックを与えることがあります。ある日の診察室での患者と医者との一問一答。患者、「白内障を手術して視力はよくなりますか」、医師、「必ずしもよくなるとは限りません。脳の神経が原因で視力が落ちている場合はよくなりません。かえって悪くなる事があります」。この医者の答えは患者に大きな不安を与えることになります。確かに手術では何が起こるかわかりませんので、医者側では起こると思われるあらゆることを並べたということになります。しかし、あまり起こりそうもない事まで患者に伝える必要はありません。時には「知らぬが仏」の方が患者にとって幸せな事もあるのです。

昔は医師の不手際による裁判は、殆んどの場合医師側の勝訴でした。しかし今は状況が一変しました。患者や家族は自分の飲んでいる薬や病気について多くの知識をもっています。したがって、医者側も必死になって患者側の言い分に負けない様に専門的な言葉で説明します。時には「上から目線」の発言をしたり、処方した薬の副作用について、必要以上に不安を与える内容まで説明することがあります。この様な医者は決して名医とはいえません。薬には大なり小なり副作用がつきものです。しかし、医者は目の前の患者に、処方した薬の副作用をすべて伝える必要はないのです。不整脈の薬を貰った患者に、「この薬は多くの患者に使われていますが、使い方を間違うとショックで突然死する人もいます」と言われたら、たとえそれが何万人か何十万人に一人であっても患者にとってはショックです。診察室の中では患者は必要以上に神経質になっています。こんなとき、ベテランの医師だったら、患者の心のうちを読んで不安にならないように説明に気を配ります。「何万人に一人くらいは副作用が出ますが心配いりません」と患者に説明したら、患者は安心してその薬を飲むでしょう。

高齢になると猛暑や酷寒の気温の変化に体がついていけないことが多いです。これは体温調節の働きが鈍くなっている証拠で病気ではありません。私の経験談を一つ話しましょう。10年以上前の真夏にアメリカに行ったときです。午後早くにホテルにチェックインし、夕方まで30度を越える猛暑の中で市内を観光して夜10時頃ベッドに入りました。夜中2時頃に突然心臓が飛び出る程の動悸で目を覚めました。脈は不規則でこのままでは心臓が停まるのではないかと思いつつ明け方を迎えました。翌朝、ホテルの中で食事をして部屋に戻ったらいつの間にか昨夜の出来事がウソのように正常な脈に戻っていました。帰国後早速循環器内科に行きホルター心電計(24時間心臓の状態が記録される様な携帯用の心電図)や心臓エコーなどによる精密検査の結果、幸いにも心臓に異常はみられませんでした。主治医は「発作性心房(しんぼう)細動は健常者の半数以上にみられます。心房細動で心臓が停まることはありません」とのことで一安心。この様に、患者に余計な不安を与えることを言わないのがベテランの臨床医です。同じ心電図をみても、「心房細動はたまには心室(しんしつ)細動になり突然死につながる事がありますので注意して下さい」と言われたら、患者は不安でたまりません。

高齢者の不安症に悩む患者にとって、熟練の医者は何よりも救いです。腕の良い医者を選ぶのは寿命の内といいますが、患者に不安を与えない説明が出来る医者は、優れた精神安定剤よりも患者にとっては良薬になります。


第18話 「説明と同意」は誰のため

皆さんは病院で医師から病状や手術について説明を受けた経験があると思いまず。これを「インフォームド・コンセント」(略してIC)と言い、日本語では「説明と同意」と訳されています。医師が患者に対して、治療内容の方法や意味、効果、危険性、治療にかかる費用などについて、十分にかつ分かりやすく説明し、そのうえで治療の同意を得ることがICです。しかし、診察室では、医師の説明を聞くだけで、それについて質問する患者は少ないのです。その理由は、診察室の中では無意識のうちに上下関係が出来るからです。その上、説明内容は各医師によって微妙に異なります。学生に教えるように詳しく説明してくれる人もいるし、全く事務的に一方的に話す医師もいます。医師は「患者の立場」を考えて説明するのが仕事ですし、患者が十分に理解しなければ何の意味もありません。

  ICは手術のときには特に重要です。医師にとって、患者の入院や手術は日常の業務ですが、患者にとっては一大事です。肝臓や腎臓など大きな臓器の場合、「手術が必要だ」と言われただけで気が動転しているので、医師の説明はほとんど上の空で頭に入りません。こんなときに冷静に話を聞いてちゃんと理解して納得することが出来たら神業です。

私の経験を述べます。白内障の手術をしたときのことです。白内障の手術は、今では日帰りで出来る程簡単になりましたが、手術前日に担当医から型通りの説明がありました。彼は眼の解剖図や、白内障の原因、手術はどんな方法で行うか、など手元の説明資料を見ながら30分程説明しました。説明が終る頃何気なしに手術承諾書の病名のところを見てびっくり仰天しました。手術する眼は左なのに、右眼に○印がついているのです。「私の手術の眼は左ですが」といったら。医師は慌てる事なく、右眼の○にバッテン印をして、左眼に○をしました。つまり、医師にとってはその段階で左右どちらでもよかったのです。彼が平然と右から左に書き換えた意味は後でわかりました。手術当日、手術室の看護師が私の手の甲に「左眼」と書いた絆創膏を貼り、手術時に医師はカルテを見て左眼を確認してから手術に入りました。つまり、医師は当然ながら手術室での作業の手順から考えて、左右を間違う事はない事を予め知っていたから、外来での説明は型通りで彼の責任は果たした事になるのです。

最近は医療過誤の裁判が多く報道されています。手術室で健全な腎臓を間違って摘出したり、左右の肺を間違って手術したりなど考えられないことが現実に行われているのです。ICは医師と患者の双方にとって重要な意味をもっています。手術の後で医師の不手際で患者が不利益になった時に、患者や家族とのトラブルをおこさないためのものでもあるからです。特に、検査入院や手術の時のICは患者にとって大変重要す。局所麻酔薬や全身麻酔薬を使う場合、手術そのものの危険性とは別に麻酔薬の危険性があります。多くの麻酔薬は気体ですから、身体の中に入るとその分だけ酸素が追い出されて、長時間の麻酔では酸欠状態になります。最悪の場合は呼吸停止状態になります。従って、全身や下半身だけの麻酔の場合には、一般に酸素吸入をしながら酸素を補給して手術をします。手術中は常に血圧や心臓の拍動数と同様に、血液中の酸素濃度を自動的に測定しながら行うのが常識です。最近では、手術のときには十分に教育、訓練を受けた麻酔専門医が麻酔を担当しますので、昔に比べて麻酔による事故は極端に少なくなりました。
 病院の外来で患者が医師から説明を聞くときには、一方的に聞くだけではなく患者側も次の様な心構えが必要です。

ICはもともと患者が医師の説明を理解するために出来た制度ですが、医療過誤裁判で医師に説明義務があることを認めさせるための法廷内での戦略でもあるのです。しかし、時には医師側に有利になることもあります。患者や家族が手術承諾書に署名したら、その時点で「すべてお任せします」という意思表示になるからです。医師の説明で納得いかない場合には、理解するまで十分に質問することが肝要です。


第19話 名医の一言は値千金

私はかつて「不安神経症」だと思ったことがありました。そこで友人の神経内科医に検査してもらったら「正常だよ」とのこと。専門家が言うので間違いないだろうが、何となく納得できない。それが不安症だといわれればそれまでだ。私にとっての大敵は閉所と暗闇です。先日脳のMRI検査を受けました。初めての経験です。これといった自覚症状もなかったのですが、私の周囲で脳梗塞を患った友人が増えると何となくこちらも不安になります。

予約の日がやってきました。この検査を受けた人はご存知でしょうが、鉄のかたまりを管状にくりぬいた様な機械の中に頭部を入れて撮影する。ストレッチャーの台の上に寝かされた。「検査を始めます」の声に反射的に眼をつむる。身体がしだいに機械の中に吸い込まれて行く。理屈はよくわからないが、強力な磁場を発生するのですごい騒音である。30分程して「検査が終わりました」の声で目を開けた途端、鼻先五センチほどのところに円筒の天井があった。狭い空間の中に頭部を入れて撮影したらしい。閉所恐怖症の私にとっては最も恐ろしい場面である。もし、検査中に目をあけて天が目の前に迫って来たら、恐らく動悸と息苦しさで撮影が続けられなかっただろう。医師の診断では、「脳の梗塞も萎縮もみられない」とのこと。この分だと当分は余命を楽しめそうです。 

直ちに命にかかわることでない限り、患者に余計な不安を与えることを言わないのがベテランの臨床医です。「腎臓の機能は少し落ちていますが、年齢を考えるとこの程度だったら生活に支障ありません。心臓も大丈夫なので長生き出来ますよ」と言われると、患者はホッとします。高齢者の場合、本当の事をそのまま伝えられると益々不安をかき立てられることがあります。これから先何十年も生きる保証のない高齢者にとっては、緊急の治療を要する場合以外は、「特別なことはありませんから安心して下さい」と不安を取り除いてくれる医者が本当の名医です。


第20話 「自律神経失調症」は本当に病気なの?

「自律神経失調症」は本当に病気なの? 最近、時々ふらふらする、動悸がするなど体の調子が悪いが原因がよくわからない人が増えています。病院へ行っても医師は「自律神経失調症ですね」という。この病名は、原因のはっきりしない体の不調に対して医師が「とりあえず」使う事が多いので正確な医学用語ではありません。自律神経とは何でしょうか。私どもの体はうまく働くために全く反対の作用を持った二つの神経によりバランスをとっています。それが「交感神経」と「副交感神経」です。これら二つの神経系をまとめて「自律神経系」といいます。一般に、昼は体を動かす事が多いので、それに必要な交感神経の方が強く働きます。逆に、睡眠中などゆっくり休んでいるときには副交感神経が強く働きます。体は、そのときの環境に応じて交感神経を活発にしたり、副交感神経を活発にしたりします。もし、何らかの原因で片方が強くなると、相手の神経の作用が相対的に弱くなり体のすべての機能がバランスを崩します。これが「自律神経失調症」です。

それにはいろいろな原因があります。体にストレスが加わると、交感神経が刺激されてアドレナリンが過剰に増えるため、心臓はドキドキし、血圧が上昇します。また、その状態になると脳への血流が増加し、逆に胃腸への血流は低下します。つまり、ストレス状態で食欲が無くなるのは胃腸の運動が弱くなるからです。非常に緊張した状態におかれると心臓がどきどきするのはそのためです。アドレナリンが多く出ると血糖値も一時的に増加します。ストレスが長期間続くと過剰に出たアドレナリンにより血糖の上昇が続き、一時的に糖尿病状態になります。これを「ストレス性糖尿病」といいます。これは病気ではありませんので、ストレスの原因が解消されると自然に改善されます。「自律神経失調症」といわれたら、出来るだけ他の医師の診断を受けてセカンドオピニオンを聞くことをすすめます。昔は他の医者の意見を聞く事を嫌がる医者が多かったですが、最近は他の医者への紹介状を書いてくれるので、遠慮せずに申し出る事を勧めます。


第21話 腎臓病は早期治療が必要

腎臓病は早期治療が必要 高齢化社会になると介護する側とされる側にそれぞれの苦労があります。加齢に伴って体のいろいろな場所が不都合になりますが、中でも腎臓は毎日の生活に欠かせない重要な器官です。そこで、腎臓の働きについて述べます。からだの中で尿は血液から作られます。全身の血液量は体重の12分の1といわれており、からだの中の血管は、一筆書きの様にすべてつながって全身を循環しています。 その血液の一部は腎臓の入り口である輸入細動脈という血管から腎臓の一部の「糸球体」(一本の血管が毛糸玉のように丸くなったところ)に入り、体内で出来た毒素や老廃物を水分とともにろ過して、必要な養分は出口の輸出再静脈から再び全身に循環します。糸球体でろ過された老廃物、毒物を含む水分は「原尿」といいます。健康人の一日の尿量は1から1.5リットル(1000—1500ミリリットル)ですが、驚く事に、この原尿は1日100−150リットル生成されます。つまり、1日尿量の百倍の原尿が休みなく腎臓で作られて、体内の老廃物を排出しているのです。

糸球体で原尿がろ過されるためには圧力が必要です。ドリップコーヒーを作るとき、コーヒー豆をサイホンに入れてお湯を注ぐと、下からコーヒーがポタリポタリ落ちます。この場合は空気圧でサイホンの上から押し付けているのですが、全身の血管内は空気と直接接していないので、空気圧は関係ありません。腎臓での圧力は血圧です。したがって、交通事故や病気などで血圧が下がると腎臓でのろ過能力も下がり、本来は尿中に排泄されるべき老廃物や毒物が十分にろ過されないまま輸出再動脈から再び全身に回ります。この状態が続くと最悪の場合は尿毒症になり危篤状態になりますので、病院ではこの様な患者には血圧を上げる薬を投与して腎臓の働きを回復させます。

一日尿量の100倍も作られた原尿は、その後糸球体につながっている「尿細管」という細い管を通ります。尿細管を通っている間に、原尿の99パーセントの水分が、その中に含まれているアミノ酸やブドウ糖などと一緒に尿細管と並んでいる血管の中に再吸収されて全身に戻り再利用されます。一方、老廃物を含む残りの1パーセントの水分だけが尿として膀胱に送られます。健康な人では、膀胱の中に150−200ミリリットルの尿が溜まると、膀胱の出口の筋肉が神経により緩んでトイレに行きたくなります。しかし、膀胱はゴム風船と同じで、我慢すると500ミリリットル位までは溜めることが出来ます。つまり、1日1リットルの排尿の人は、我慢すれば一日二回トイレへ行けばすむことになります。しかし、余り我慢すると膀胱炎の原因にもなりますので無理することはありません。

また、高齢になると誰でも頻繁にトイレに行きたくなったり、尿の出方が悪くなります。加齢とともに膀胱の筋肉が緩みがちになり、それに関係した神経も鈍感になります。例えば、介護を受けている高齢者では本人が気がつかない間に「おもらし」をすることがあります。頻尿や排尿に時間がかかるのは高齢者では誰でも経験することです。場合によっては病気が引き金になる事もありますので、ひどいときは医療機関で検査することをお勧めします。

泌尿器科の病気の場合、多くの人は病院へ行くのをためらいますが、それを放っておくと取り返しのつかないことになります。高齢や病気のために腎臓の働きが低下した人は、「人工透析」が必要です。血管を人工透析器につないで体内で生成した老廃物、毒物を体外に除去して、きれいになった血液を再度腎臓に戻すことをします。この透析は、毎週3回、1回3時間で一生続く治療ですので、患者にとっては身体的に大変な負担です。腎臓は肝臓と同じく多くの薬や毒物により傷つきやすい臓器です。例えば、ある種の抗菌薬(抗生物質)を長期間使った場合や、すぐれた抗がん薬であるシスプラチンやその類似薬は腎障害を引き起こすために使用が制限されています。幸に、腎臓は2個ありますので、たとえ一つを失っても、残りの一つで2個分をまかなうことは出来ます。しかし、一度壊れると腎臓の細胞は再び元へ戻りません。くれぐれもご注意を。


第22話 タバコは百害のもと

タバコによるがんは、大量のタールと、少量の強力な発がん物質が原因です。タバコには約130種の有害物質や複数の発がん物質が含まれています。その中で、「ベンツピレン」という物質は特に強い発がん物質です。これは肝臓で代謝されて、その代謝物が肺の中に蓄積するため簡単には体外に排出されません。何十年も喫煙していると、タールと発がん物質が肺に蓄積し、ついには肺がんや肺気腫になります。

 最近の統計によると、我が国では胃癌に代わって肺癌の患者が増えつつあります。肺癌の原因は、タバコだけではなく、自動車の排気ガス中の成分も含まれます。しかし、やはり最大の原因はタバコです。肺癌患者を対象にした死亡率を比較すると、「非喫煙者」の死亡率は0.3%ですが、一日20本の喫煙者では16%、一日40本の人は28%となっています。さらに厄介なことに、喫煙者が吐き出した煙にも多くの有害物質が含まれています。したがって、ヘビースモーカーと一緒に住んでいる家族や、職場の同僚などもその被害を受けることになります。 余談ですが、「ガン」を表す単語として漢字の「癌」とひらがなの「がん」があります。日本癌学会の定義によると、「癌」は肝臓癌、腎臓癌など通常知られている内臓のガンで、「がん」はそれに「悪性肉腫」を加えた名称です。

煙草の有害性は成人だけではありません。タバコ1本に含まれるニコチン量は、銘柄により異なりますが、平均して11.72ミリグラムで、乳幼児が誤って飲み込むと死亡する量です。また、タバコの有害成分の一つであるニコチンは、体内で「コチニン」という物質に変化し、これが子供の学習能力を低下することが知られています。ニコチンは血流を妨げるので、胃腸の運動を悪くし、心臓については頻脈や心筋梗塞、狭心症の原因になります。

 喫煙者がタバコをやめられない理由には二種類あります。一つは習慣的に何となくタバコに手が動く場合、この人々はやめる意思さえあれば簡単に止められます。二番目は病的なニコチン依存症(中毒)です。この場合はニコチンを吸収しないと体の具合が異常になる状態です。逆にいうと、中毒の人々は、血中に一定量のニコチン濃度が保たれていれば心身ともに安定した状態が続きます。しかし、これでもタバコの害に曝されていることには間違いありません。そこで最近は禁煙希望者のためにニコチンガムが市販されています。これを噛むと胃腸から血中へ一定量のニコチンが入ります。また、絆創膏の様なものにニコチンを含ませてそれを皮膚に貼る「ニコチンパッチ」があります。これは一日一回貼るだけで皮膚の血管を通して全身の血中に入ります。これで本人はイライラせずにすみます。しかし、ニコチンを身体に取り込む事により高血圧の人は動脈硬化の誘因と、脳卒中の原因となります。

 どうしてもやめられない人は、一年に最低1回(出来れば2回)健康診断を受けて、胃腸、肺、心臓などのレントゲン検査を受けることをお勧めします。外科医によると、直径2センチメールまでの癌は手術できますが、それ以上大きくなって、リンパ腺に転移すると、中々治療が困難とのことです。早期に発見して初期段階で治療することが肝要です。

 最後に一言。愛煙家の人々はいろいろ理屈をつけて「タバコはストレス解消に役立つ」といいますが、身体がボロボロになっては何が生きがいでしょうか。 しかし、癌になるのには20年かかるといわれています。寿命を考えるならば、禁煙するのは遅くとも50歳代までです。60歳代、70歳代で無理に禁煙することはありません。高齢者の喫煙は寿命の中に含まれるので、毎日禁煙でイライラして生活するくらいなら、他人に迷惑がかからない様に煙を楽しむ方が精神的によいでしょう。


年末特別編 第30話「酒の飲み方うら・おもて」

酒を飲まない私が酒の飲み方を述べるのはどうかと思いますが、昔、アルコール中毒について内科医と一緒に研究をした頃のことを思い出しました。

毎月報告会と称して共同研究の医者仲間と大学の近くの居酒屋に集まりました。仕事の話は10分程で終わり、あとは彼らが「医学部がどれだけ閉鎖的であるか」の愚痴で終始しました。居酒屋で上司の悪口を酒の肴にして鬱憤を果したり、人間関係のぎくしゃくを改善するのに酒は社会の潤滑油になります。また、ちょっとした失敗でも酒の席だからお許しをということで大目に見ることもあります。晩酌を楽しんでいる人にとってはこれほどよいストレス解消の妙薬はありません。

酒にはいろいろなご利益がありますが、飲み方によっては簡単に人格を崩壊したり人間関係を引き裂くこともあります。酒の飲み方は国によって随分違います。私はこれまでいろいろな国で酒の席を楽しむことがありました。韓国では「原子爆弾」という恐ろしい飲み方があります。焼酎をなみなみと注いだ小さいグラスをビール満杯のコップに浮かせ、一気に飲み干すという技です。また、中国や台湾での酒席では乾杯の連続です。テーブルに座って、相手と目が合うといきなり「カンペイ」で飲み干すのが礼儀です。10人同席していると10回それが続きます。彼らにとってはそれが最大のもてなしの礼儀です。こんな時、下戸の私は予めウーロン茶などを用意して手元におきます。声がかかるとウーロン茶で乾杯しますが、これは決して失礼ではありません。私にとって最も気楽なのは、タイやマレーシアなどのイスラム教国での宴会です。多くの場合宴会には酒類は出ません。アルコールを飲みたい人は勝手に自分たちで持参して飲みます。この様な宴会では乾杯もなくひたすらしゃべって食べるだけです。それに海外の懇親会では、日本の様に何人もの関係者の挨拶がないので助かります。

ここでアルコールを飲んだときの体の反応を考えます。アルコールが体内に入ると血管が拡張して血流がよくなり、顔の血管が拡張する結果赤くなります。この状態になると、やたら多弁になり、トイレに行く回数が増えます。これらはすべて身体の正常な反応で、血液循環が増して腎臓からの尿の流れがよくなるからです。酒を飲んでトイレが近くならない人は腎臓の働きを検査した方がよいかもしれません。

アルコールの強さは人により大きな差があります。これは主に遺伝的な原因です。また、日本人の場合、総人口の約4割はアルコールに弱くすぐ顔が赤くなります。1割は超感受性で一滴のアルコールでも身体に入ると気分が悪くなります。残りの5割は比較的強い人々で一升酒でも平気です。欧米人で酒に弱い人を見たことがありません。いくら飲んでも殆ど顔色が変わりません。これは肝臓におけるアルコールの解毒能が大きいからです。しかしこれは他の問題の原因になります。ロシアやフランスではウオッカやワインを浴びる程飲むので、肝臓がんの患者が非常に多いです。酒の強弱と肝臓の働きの強弱は関係ありません。アルコールの解毒能が大きくとも肝臓の働きがよいとは限りません。

アルコールに対する強弱は兄弟姉妹でも異なります。それは両親から受け継ぐ遺伝子により決まります。両親からはアルコールの強弱に関する遺伝子を一つずつ受け継ぎます。両親が強の場合は、選択の余地なく子供は強です。父が強、母が弱(または父弱、母強)の場合は、強、強—弱(中間)、弱の3種の中の一つです。両親が弱い場合は子供は全員弱です。祖父母の遺伝を引き継ぐ隔世遺伝の場合もありますが、多くは両親からの遺伝により決まります。日本人の約半数(5割)は強で、残りの半数は強—弱(4割)と弱(1割)です。それに対して、欧米人は多くが両親から父強—母強の遺伝をもっているので、彼らが顔を赤くして飲んでいるのをみたことがありません。もし、欧米人の中でその様な人がいたら、きっと祖先か両親にアジア人の血が流れていると考えられます。

一気飲みや下戸の人が飲み過ぎると吐き気、体温低下、脈が弱くなるなどの症状が出ます。誰でも酒を飲むと血管が拡張するので血圧が下がります。高血圧の人で酒に溺れる人が多いのは、酒を飲むと血圧が下がるために気分がよくなるので、ついアルコールを飲み過ぎるのです。私どもは日常の社会生活の中でやっては恥ずかしいこと、反社会的なことは脳の働きによって抑えられています。しかし、酒が脳に入ると、その抑制の働きが解除されるので本能のままに行動します。酩酊すると、脳の中の働きが順序に消えます。最初に大脳の抑制が解けると、無口の人が突然驚く程しゃべり出したり、うわごとを言ったりします。次に小脳が冒されると、運動神経が麻痺するので、手足が思う様に動かなくなったり、よたよた状態になります。さらに進むと本人がいくら我慢してもそれとは関係なく熟睡します。この状態までは命に別状はないですが、さらに酒が入ると、脳の中の呼吸を管理する場所が冒されるので最悪の場合は心肺停止になり場合によっては死に至ります。この一連の酩酊状態が短時間で起こるのが一気飲みによる突然死です。酒に弱い人が無理に飲み過ぎると一気飲みと同じ危険状態になりますので決して飲み過ぎないことです。

身体に支障のない一日のアルコール量は、日本酒で一日1−2合、ビールでは大ビン1本、ワインは2日で一本程度だったら身体に支障はありません。しかし晩酌で毎日四合以上の日本酒を飲むと、20年−30年後にはアルコール性肝炎から肝硬変になりさらに進むと最終的には肝がんになります。

過剰のアルコールは薬と同じ理屈で身体を蝕みます。居酒屋でアルコールの毒性を考えながら飲むのは興ざめですが、深酒にならない程度で楽しむことは百薬の長ですので、適量をたしなむことをお勧めします。


第23話 高齢者は「スローライフ」が肝心

ストレスは高齢者には禁物です。ストレスの受け止め方はその人の性格により大きく違います。また、ストレスは老化を速める大きな要因です。ストレスでくよくよする人ほど病気にかかりやすいです。あまりくよくよせずリラックス型の人は長命です。

マスコミ情報によると、ストレスに一番強いのは国会議員で、一番弱いのは国家公務員だといわれています。国会議員は毎日の様に他党の攻撃の矢面に立ち、ときには仲間内でも権力競争を繰り返しています。一方、国家公務員の場合、個人の性格にもよりますが、私は学生の教育や就職、研究費の獲得などに30年間悩まされました。その上、研究者の中にはへそ曲り者が多いので、彼らとうまくつき合うためにも神経を使います。世の中では、ストレスに弱いのは国家公務員で、中でも大学の教員は最も弱いそうです。私の経験からこの事は納得しました。

お年寄りの病気は単独で起こることは珍しい。動脈硬化、高コレステロール、心臓の肥大、腎臓の働きが悪くなる、などなど複数の病気が同時に現れるのが高齢者の特徴です。したがって、病院では山ほどの薬を処方されることが少なくありません。高齢者が薬を飲むときには注意が必要です。第一に、高齢になると、腎臓の働きが一般に低下しますので、本来ならば、腎臓から尿を経由して体外へ排泄される薬がいつまでも体内に留まります。特に、同じ薬を長期間飲んでいると、その薬が体内に蓄積し、あるとき突然薬の副作用が現れます。また、加齢に伴って、腎臓の老化と同様に肝臓での薬の分解能力も低下し、体内の脂肪分が増加するため、薬が体内に留まりやすくなります。この傾向は、腸からの吸収でも同じです。食べ物の栄養分や経口薬は主に小腸で吸収されますが、食物中のカルシウム分の腸からの吸収も低下します。

 高齢者が薬を使う場合、医師は薬の種類によって患者の腎臓や肝臓の働きを検査して投与量を決めます。場合によっては1日3回のところを2回にするなど投与間隔をのばして副作用を防ぎます。私は時々眠れないときに睡眠導入剤を飲みます。はじめの頃、医師の処方通り1回に1錠飲んだら翌朝ふらふらして午前中は仕事になりませんでした。そこで半錠にしたところ、十分に眠れて翌日も快調でした。しかし3年目に入った今では1錠飲まないと眠りに入るのに時間がかかる様になりました。薬に対する反応が悪くなったのかもしれません。この様な現象を「耐性」(習慣性)といいます。耐性の恐いのは、長期間同じ薬を飲むと、徐々に増量しないと効かなくなる事です。従って、この場合、医師は同じ作用を持つ他の薬に変えます。しかし、耐性が心配なのは何十年も余命のある若い人々の場合で、高齢者の場合はちょっと事情が異なります。私の場合、今まで使っていた薬が身体に合って毎日楽に睡眠がとれるので、他の薬に変えるより、繁盛から1錠に増やす方がはるかにメリットがあります。高齢者が薬を使う場合は、もしその薬が身体に合っているならば、多少の副作用があっても余命を考えると使った方がよいでしょう。

最後に一言。貝原益軒は養生訓の中で次の様に諭しています。「高齢になったら、勇ましいことを避けて、いつも小さい橋をわたるときのように用心することが肝要です。若いときは血気盛んで、体力に任せて欲を抑えないので病気にかかりやすいですが、老人は体力がないので十分に注意しなければ天寿を全うすることが出来ません」。この生活を守るためには、力を入れずスローライフを楽しみましょう。


第24話 あなたの健康は大丈夫ですか

人間ドックを受けている人が注意する事は、病院が違うと同じ検査項目でも若干数値が違うことがあります。これは、それぞれの病院で使っている「基準値」が違ったり、場合には同じ検査項目でもその測定法が違う事によるのです。高齢者は突然体調が悪くなることが少なくないので、前年の検査値と大きく変わったときは、是非医師に相談して下さい。

ここでは、皆さんが受け取る検査項目の中で、主なものについてその目安となる「基準値」を示します。なお、数値の単位として、mg/dLは血液100ミリリットル中に含まれるミリグラムを表します。


最後に一言。何の癌でも同じですが、急性の癌を除けば正常細胞が癌細胞に変わるのには20年かかるといわれています。60歳過ぎたら是非一年に一回は人間ドックで検査することをお勧めします。早期発見は最大の武器です。


第25話 高齢者なりの正常値

高齢者の場合、病院で血液検査の結果が正常値(最近は基準値といいます)の範囲から多少ずれているからといって悩むことはありません。検査で使われる「基準値」は、20歳から60歳までの健常人の平均値です。したがって、高齢者の場合、「基準値」に入らないことは、むしろ年相応の加齢の印です。加齢により血管の老化が進み、それにより血圧が上がるのはむしろ当然です。肝臓、腎臓の機能が低下するのも高齢者の宿命です。そうはいっても、身体に変調を感じたら医師に相談して下さい。

高齢者の場合、体の不調は何を基準にしたらよいか。各個人が同じ病院で測定した前年の検査値と比較するのが最も正しい評価です。高齢者には年齢相当の健康状態があります。20代を正常と考えるのではなく、それぞれの年代にあった正常値を参考にすべきです。骨密度の測定では、すべての年代の平均値と比較した値と、同年代の平均値との比較値が出されます。当然、同年代との比較を信用すべきです。ちなみに、骨カルシウム量は成長が著しい18歳までの食事で決まると言われています。若いときに運動し、カルシウムを摂った人は高齢になっても骨密度は安心です。

 一般に、40歳くらいまでは、体力やからだの機能にそれ程大きな個人差がみられませんが、60歳を過ぎるころから、性格も変わり体にも個人間で大きな差が出ます。高齢者は突然体調が悪くなることがありますので、前年の検査値と大きく変わったときは、是非医師に相談して下さい。うつ状態が続いている人は、精神科へ行くのがいやだったら神経内科の医師に相談する事をおすすめします。私どもの体は「交感神経」と「副交感神経」という全く正反対の作用をもった神経系でバランスをとっています。これら二つの神経系をまとめて「自律神経系」といいます。もし、両者の内どちらかが強くなると、片方の作用は弱くなり身体のすべての機能がバランスを崩します。これが「自律神経失調症」です。

ストレスや興奮したときにはアドレナリンが出て、それにより交感神経が刺激されて、心臓がドキドキし血圧が上がります。また、アドレナリンが増えると脳への血流が増加し、逆に胃腸への血流は減少します。ストレスの時に胃腸が悪くなるのはそのためです。ストレスが長期間続くと、アドレナリンが過剰に出て血糖が持続的に上昇し、一過性の糖尿病になります。これを「ストレス性糖尿病」といいます。これは2000万人ともいわれる食事性の二型糖尿病とは違いますので、治療法としてはストレスの原因を取り除くことです。

副交感神経の作用は交感神経の作用と全く逆向きです。睡眠中はこの神経系が強く働きますので、心拍数が下がり、血圧低下、脳への血流が少なくなり、逆に胃腸への血液は増加します。夜中は胃の中は空っぽで、その上胃酸が最も多く産生されるため、胃酸により胃の粘膜が刺激されて朝方に胃潰瘍が出来るといわれています。また、就眠中は心臓の働きが低下しますので、心臓に病気を持っている人はその症状に注意しなければ危険です。「心室細動」といわれる心臓の突然の発作は、いわれる「突然死」につながります。最近は除細動器(AED)が職場や公共の場所に備え付けられていますので、心臓が停まったときには救急救命に役立ちます。心室細動を繰り返す患者の中には、小型の除細動器を体に埋め込んでいる人も少なくありません。この様な患者は、夜中に発作が起きても自動的に徐細動器が働いて心臓の停止を救ってくれます。


第26話 糖尿病患者には運動が第一

糖尿病や高コレステロール、高血圧などは遺伝的な原因がかなり多いことが知られています。それに加えて、毎日の生活や飲食が大きく影響します。中でも、日本酒はカロリーが高い上に、飲みすぎると肝臓、心臓などに大きな負担がかかり、生活習慣病をさらに悪化させます。いわゆる「生活習慣病」と呼ばれる病気には遺伝的素因が深く関わっているばあいが多い。中でも糖尿病と高血圧は二大成人病です。本人がいかに摂生しても発病する人が多くいます。

糖尿病は「尿に糖が出る病」と考えられていますが、血糖値が正常でも腎臓の働きが悪くなると尿の中にブドウ糖が出ます。予備軍を含めると約2000万人の患者が糖尿病と闘っています。私どもが食物から摂取した炭水化物は、体内でブドウ糖に変化しそれが筋肉に蓄えられて、体のエネルギー源となって使われます。したがって、筋肉を使わないとブドウ糖は消費されないまま残り、少しずつ血液に流れ出て最終的に尿中に出るのです。これが糖尿病です。最初のうちは、多少血糖値が高くともほとんど自覚症状がありませんが、そのままほっておくと種々の病気が併発して最後には取り返しのつかない状態になります。

糖尿病には「1 型(いちがた)糖尿病」と「2型(にがた)糖尿病」があります。1型は膵臓の手術などでインスリンが出なくなるため血糖値が常に高い状態の人です。日本人の糖尿病の90パーセント以上は2型糖尿病です。だれでも食事をとった直後は血糖値が上昇しますが、健康な人は膵臓からインスリンがでて高い血糖を中和して正常にしてくれます。しかし2型糖尿病の人は、ブドウ糖が筋肉内に溜まりすぎて膵臓からでるインスリンが足りなくなりついにはインスリンの分泌が停止します。その結果高血糖になります。

糖尿病患者に必要なのは運動療法と食事療法が基本です。なかでも運動する事により筋肉のブドウ糖が消費される結果、インスリンの効果が徐々に回復します。それでも改善されない場合には経口糖尿病薬による治療があります。あるいはインスリンを自分で注射して血糖値を一定に保つようにします。その場合、まちがって多めのインスリンを注射すると、血糖値が異常に下がって、ひどいときは低血糖になって意識がなくなりますので注意しなければなりません。

糖尿病が長く続くと種々の病気を併発します。合併症としてよく知られているものの一つとして、視力が落ちる網膜症があります。重症の糖尿病患者に見られて、年間3000人が失明しています。他の合併症としては、かなり腎臓の働きが悪くなる腎症、手足への血液の循環が悪くなるため、手足の細胞が腐って落ちる状態の「閉塞性動脈硬化症」、など回復不能な状態になります。糖尿病の治療は、第一に運動、次に食事療法、最後に薬による治療です。初期の運動療法は最大の効果を発揮します。


第27話 家庭のガスは命取り

1)ガス湯沸かし器中毒で即死
家庭用湯沸かし器や炊事用ガスコンロの不完全燃焼は大変危険です。簡易卓上コンロのカセットボンベに入っているガスはブタンガスで、家庭用のガスはプロパンガスが主成分です。これらのガスを吸うと、意識がもうろうとなり、高濃度になると酸欠状態になります。不完全燃焼時には一酸化炭素中毒となります。プロパンガスやブタンガスは空気より重いので家の中では床面に沈みます。頭が痛い、息苦しいなどの時は出来るだけ体を立ててその場から離れる方が安全です。

一酸化炭素は無味無臭で空気と比重がほぼ同じなので直ぐ混合してしまい両者の境には層ができません。その中毒の原因は、血液の中の酸素運搬隊であるヘモグロビンと協力に結合して、酸素の運搬を止めるためです。その結果、体の中に酸素や供給されなくなり、酸欠状態になります。脳は酸欠にもっとも敏感で、五分間酸素の供給が止まると意識がなくなります。中でも、脳の細胞は酸欠状態に非常に弱く、3−4分でも酸素の供給が止まると脳の細胞は死にます。一度死んだ脳細胞は二度と再生しませんので、例え生き延びたとしても植物状態になります

通常、一酸化炭素中毒の場合、10-50ppm(ppmは一キログラム中百万分の一)の低濃度程度では本人は気づかないことが多い。空気中の濃度が増加して100ppmになると、軽い頭痛のほか認識能力や運動能力が低下します。さらに500ppmになると激しい頭痛、嘔吐、めまい、錯乱が生じ、1000ppmでは失神や昏睡状態になります。 タバコを吸っているときは一酸化炭素が発生しているので頭痛になることがあります。また、火災の時の死亡の原因は、焼死よりはむしろ建材の燃焼により発生する一酸化炭素中毒死が圧倒的に多い。車の排気ガスの中にも七−三〇パーセント(車種により異なる)の一酸化炭素が含まれているので、これを大量に吸うと呼吸困難となり中毒死します。妊婦の場合、一酸化炭素を吸うと、胎盤を通して供給している酸素が胎児に届かなくなり、間もなく胎児は酸欠死します。頭痛や吐き気が中毒の初期サインですので、この症状が出たら直ちに窓を解放して新鮮な空気を入れて下さい。それでも気分が悪かったら早めに医療機関で治療することをすすめます。

2)プロパンガス
プロパンガスは液化石油ガス(LPG)の通称で、燃料や溶剤冷媒、噴射助剤として広く使われています。簡易卓上コンロのカセットボンベに入っているガスは液化ブタンですが、家庭用のガスボンベのガスはプロパンガスが主成分です。プロパンガスを吸入すると、麻酔作用により意識がなくなり、高濃度になると酸素欠乏により死亡する事もあります。家庭用のガスコンロが不完全燃焼すると一酸化炭素を発生して窒息死します。プロパンガスは空気より重いので、室内では床面に沿って流れます。したがって、中毒のときは顔を出来るだけ高い位置におく方がよい。また液化ガスは噴射するときには超低温になるので、直接手に触れると凍傷を起こします。

3)メタンガス
天然ガスの八五-九〇パーセントはメタンガスです。このガスは空気より軽いので、中毒のときは体を低くするとよい。吸入すると、その吸入量により意識がうすれて心臓がドキドキし、顔色がなくなって全身から汗が出ます。さらに高濃度では酸素欠乏状態になり意識がなくなります。自然環境の中では、くぼ地やほら穴の中で自然に発生し充満することがあるので、そのような場所には絶対に近付かないで下さい。引火して爆発することもあります。

4)青酸ガス(シアンガス)
青酸はメッキ工場などで通常青酸カリウム(青酸カリ)や青酸ナトリウム(青酸ソーダ)という安定な形で使われていますが、酸性溶液の中ではすぐ分解し、猛毒の青酸ガス(シアンガス)を発生します。青梅や杏仁の種子には青酸が糖と結合した形で含まれているので、種子を食べると体内で胃酸により青酸ガスが発生して中毒となることがあります。

青酸カリや青酸ナトリウムは、銅、亜鉛、銀、金などのメッキに使われますが、作業中の中毒事故が多く報告されています。また、メッキ工場から青酸廃液が河川へ流出して魚が死滅した事故もあります。一方、自殺や殺人によく使われています。この様に、青酸カリや青酸ガスは一瞬にして人を殺傷するのに使われる程の猛毒です。体内に入ると、急速に意識を失ってけいれんし、五分以内に死亡します。人の致死量は青酸カリで約〇・二グラムです。ただし、青酸カリと青酸ソーダは酸性の溶液中でないと青酸ガスを発生しないので中毒になることはありません。青酸カリは空気中に放置すると空気中の炭酸ガスと化学反応し炭酸カリに変わるので、毒性が低下するが、これが体内に入ると吐き気を生ずる。 中毒に成ったときは、直ぐに医療機関に運びチオ硫酸ナトリウムという解毒剤を静脈内注射すると、細胞内のシアンは無毒化されて体外に排出されます。

5)硫化水素
最近、硫化水素による自殺が若者の間で多発しました。この様な有毒ガスにより若者が自ら命を失うことは本当に悲しい現実です。温泉地で卵が腐った様な匂いがありますが、それが硫化水素です。その程度の濃度では目や喉がヒリヒリする程度ですが、高濃度の硫化水素を吸うと頭痛、吐き気、幻覚、意識のみだれ、呼吸困難などの症状が現れ、三〇分—六〇分で死亡します。

硫化水素の高濃度(1000ppm以上)では数呼吸で失神、昏倒し死亡するので「ノックダウン」といわれるほど急激な卒倒をおこします。顔色がラベンダーブルーと言われる青色になるのが特徴です。助かった場合でも、脳に後遺症が残ることが多い。

これまでも硫化水素により多くの事故が報告されています。例えば、石油精製工場での脱硫装置が故障して、パイプから硫化水素ガスが漏れる場合や、廃棄物処理場で、硫黄を含む食品や廃棄物が細菌により分解されて硫化水素を発生する場合などです。特に廃液や汚泥をかき混ぜたときに、溶けていた硫化水素が突然ガス状になってそれを吸うと中毒になります。また、大学内の硫化水素ガスボンベの爆発、農薬の製造過程において予期しない化学反応で硫化水素が発生したなどの事故が知られています。室内で中毒患者が見られたら直ちに換気のよい場所に運搬し、早急に医療機関で適切な処置をとる事が必要です。


第28話 薬の安全な使い方

風邪で病院へ行くと、解熱剤、胃腸剤、鎮咳薬(咳止め)、抗生物質、去痰剤(痰を出す薬)、抗アレルギー薬など、多い人は10種類以上もの薬が処方されます。なぜ最近の医者はこれほど多くの薬を出すのでしょうか。これは、医者や病院側の責任だけではない様です。患者の中には、診察の後で「今日は薬は必要ありませんよ」という医者よりも、薬を処方してくれる医者の方がより親切で信頼がおける様に感じる人が少なくないからです。

調剤薬局では処方箋がないと薬を貰うことができません。医者は病名が決まったら、それに必要な薬を処方します。処方箋には、(1)一日にどれだけの量を服用するか、(2)一日量を何回に別けて飲むか、(3)何日分処方するか、などが記載されています。病院や調剤薬局で薬剤師が薬を患者に渡すときには、薬の効能、副作用などその薬に関する情報に関する簡単な「説明書」がついてきます。「薬は多く飲む程効き目が大きい」と考えたら大間違いです。決められた量以上の薬を飲むと、効果は同じで副作用、毒性だけが強く現れます。

どんな薬にも「用法」、「用量」が決められています。「用法」とは一日何回、食前、食後、食間のいつ飲むか、「用量」とは決められた投与量です。これに従わないと期待した効果が出なかったり、副作用が出たりすることがあります。そうはいっても、決められた用法、用量通りに出来ない事があります。その時にどうするか、ここではそれに答えます。

質問:薬を飲む時間は正確に決められていますか。
回答:最近の薬は一日一回のものが多くなりましたが、それでも一日3回のものもあります。もし、一日3回、食後30分服用となっているとき、もし朝食または昼食(または夕食)を取らない場合でも、その時間になったら一日3回は飲んだ方がよいです。これにより、治療に必要な薬の血中濃度が保たれて効き目が持続します。30分というのは一応の目安ですので、10−20分遅れても高価には問題ありません。
質問:食前または食後服用の薬はその通りに飲まないと効きませんか。
回答:多くの薬は食後服用です。これは薬による胃障害を防ぐからです。しかし、食前服用と決められている薬は、食後ではなく食前に飲まないと効果がありません。例えば、糖尿病治療薬のアカルボース(一般名)、商品名ではグルコバイ(バイエル社)、ベイスンOD(武田薬品)は、食前に薬を投与して、食事から摂取される糖分の吸収を遅らせる作用があります。したがって、食後服用では糖分が吸収された後になるので効果がありません。よくわからないときは医師や薬剤師と相談して下さい。
質問:薬には使用期限があるのでしょうか。
回答:あります。最近の薬には箱に有効期限が書いてあります。出来るだけ、直射日光のあたらないところや湿気の少ないところに保管して下さい。家庭の冷蔵庫など冷暗所が最もよいですが、この場合は食品とはっきり区別出来る様にして下さい。病院では、保険適用の関係で病名により処方出来る期限(最大30日分、60日分、90日分など)が決められています。その範囲でしたら、受け取るときに特別な注意がない限り、一般家庭の室内で大丈夫です。
質問:薬をアルコール飲料と一緒に飲んではいけないでしょうか。
回答:絶対に避けるべきです。アルコールは血管を拡張するので体内において血液の流れが速くなるのと、胃から吸収されるので、飲んだ薬の効果が予想以上に早く出ます。さらに、アルコールは脳に作用しますので、睡眠導入薬や催眠薬などをアルコールと一緒に飲むと、作用が増強され場合によっては処方量の2−3倍飲んだと同じ結果になり危険です。アルコール飲料を飲む場合は、その2時間前、飲み終わってから2時間は薬を飲まないで下さい。アルコールに弱い人は、薬との間隔が5−6時間は必要です。
質問:薬は水で飲まないと駄目ですか。
回答:出来るだけ水かぬるま湯がよいです。もし、手元にないときは、お茶、湯ざまし、コーヒー、ジュースなど何でもよいです。ただし、血圧降下薬のカルシウム拮抗薬(商品名:アムロジン(大日本住友製薬)、ペルジピン(アステラス製薬)、アダラート(バイエル薬品)ほか多数)や、アレルギー性鼻炎などに用いられるテルフエナジンは、グレープフルーツジュースでは飲まない方がよいです。ただし果物のままのグループフルーツは問題ありません。グレープフルーツを細かく粉砕してジュースにすると、問題の成分が入っている小さい袋が破れてジュースの中にとけ込みます。この成分がこの種の薬の肝臓における分解を抑制するので効果が増強され、その結果、動悸、吐き気、血圧低下、眠気、肝臓障害がみられることがあります。
質問:一日一回服用する薬は、何時に飲んだらよいですか。
回答:同じ薬でも、昔は一日3回服用だったものが、最近では一日1回でよい 錠剤またはカプセル剤が増えています。一日1回の薬は、24時間間隔で毎日ほぼ同じ時間に飲む様にすれば、効能を保つことが出来ます。もし決められた時間に飲めなくとも1−2時間のずれは問題ありません。ただし、必ず一日一回は飲まないと、折角身体の中で保たれている効果がなくなりゼロからやり直しになります。
質問:胃の薬を飲むとのどが渇くのはどうしてですか。
回答:この種の薬の中には、胃液の分泌を抑制する成分、「抗コリン薬」が含ま れていることがあります。この薬は胃液と同時に唾液の分泌も抑えますのでのどが渇きます。しかし心配はいりません。時間が経つと正常に戻ります。


第29話 薬と食品の組み合わせに注意

食品には栄養素とともに種々の化学物質が含まれており、薬と組み合わせると有害な作用が起こることがあります。また、膨大な数の健康食品が使われているので、これらに含まれる成分についても医薬品との飲み合わせを考えなければなりません。これらについては多くの例が知られています。一般の健康食品やサプリメントは国の認可が必要ないので、製造会社が勝手に製造し販売します。中には誇大広告もありますので注意して下さい。ここではよく知られている食品、飲料と薬との飲み合わせについて述べます。
●アルコール飲料
アルコールには脳の働きを抑える作用があるため、睡眠導入剤と併用するとその作用が増強されてもうろうとした状態になることがあります。薬をお酒と一緒に飲む事は絶対に避けるべきです。また、アルコールは血管を拡張するので血液の流れが速くなり、薬の効果が予想以上に早く出ます。一般に、薬は胃から吸収されることはないのですが、アルコールと一緒に薬を飲むとその薬も胃から吸収されて血中濃度が早く高くなります。

●グアバ茶
グアバ茶は、糖尿病の患者を対象とした特定保健用食品(特ホ)として認可されているもので、その中に含まれるポリフェノールが血糖降下作用を持っています。糖尿病の患者がグアバ茶と糖尿病治療薬のボグリボース、アカルボースなどと一緒に飲むと、両方の作用が加わって血糖値が異常に低くなり低血糖になることがあります。 この種の薬は他の糖尿病治療薬と違い、必ず食事の直前に飲む事が必要です。これらは食事による血糖値の上昇を抑える作用ですので、食後に飲んでも効果がありません(第28話参照)。もし、グアバ茶とこれらの薬を飲み合わせるときは、薬を食前に、その後2時間以上経ってから食後にグアバ茶を飲む方がよいでしょう。

●ニンニク
ニンニクの主成分は「アリシン」という化学物質で、殺菌、解毒、抗酸化作用があります。欧州では血栓予防薬としても使われているので、脳梗塞や脳血栓などの治療に使われているワルファリンと飲み合わせると、血液のサラサラ作用が増強されて出血することがあります。したがって、脳梗塞予備軍でワルファリンを服用している人は、大量の生ニンニクなどは避けた方が無難です。ただしギョウザに入っている程度でしたら問題ないです。

●グレープフルーツジュース
薬とグレープフルーツジュースとの相互作用は多くの薬について知られています(第28話参照)。その原因物質はグレープフルーツの中に含まれる「フラノクマリン」です。この成分はグレープフルーツの果実中にたくさんある小さな袋の中に蓄えられています。グレープフルーツを果物としてそのまま食べる場合は問題ありませんが、ジュースにしてその小さい袋が破れるとフラノクマリンがジュースの中に混ざります。この物質は人の肝臓にある薬の代謝酵素の働きを強力に抑えます。そのために、この酵素で代謝される薬、例えば高血圧治療薬のニフェジピンはグレープフルーツジュースと一緒に飲むと、肝臓での分解が抑えられてニフェジピンの血中濃度が増加するため、効果が強く出過ぎて血圧が著しく下がることがあります。 しかし、グレープフルーツジュースの量が約200ミリリットル(ガラスコップ一杯程度)以下であれば薬と一緒に飲んでも問題ありません。また、同じ柑橘類でもオレンジにはこの成分が含まれていませんので、グレープフルーツの様な作用はみられません。

●タンニン
コーヒーや紅茶などに含まれるタンニンは、マブロチリン(抗うつ薬)、ハロペリドール(躁病治療薬)、クロルプロマジン(精神安定剤)などと結合して水に溶け難い物質に変化します。そのためにこれらの薬とコーヒー、紅茶を一緒に飲んだときには、薬の吸収が低下して効果が弱まります。また、貧血治療薬の鉄剤はお茶と一緒に摂らない方がよいといわれていますが、これは試験管内でタンニンと鉄を混ぜたときの試験の結果です。鉄剤とお茶を一緒に飲んだときは違います。大量の濃いお茶を飲まない限り実際は大きな影響はありません。勿論、出来たらお湯や水で飲んだ方が無難です。

●カテキン
カテキンは、水溶性のポリフェノールで、緑茶に含まれる苦み、渋みの成分で す。この物質は、体内で抗酸化作用、血中コレステロール低下、血圧上昇抑制など多くの好ましい作用が知られています。通常はお茶から摂りますが、多量のお茶を飲むと、そこに含まれるカフェインとの作用も強まりますので頭痛がしたり、トイレに頻繁に行きたくなります。それに伴って、血中のナトリウムの過剰排泄などさまざまな症状を引き起こす可能性があります。

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